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2011年01月18日
このところ寒い日が続いています。
先日のセンター試験では雪の所も多く、受験生の皆さんは、さぞかし大変だったことと思います。
しかし、これからが本番です。
風邪など引かぬように健康には十分注意して実力を発揮してほしいものです。
桜咲くころの入学を信じて頑張って下さい。
親子共々、踏ん張り時です。
2011年01月14日
出水小学校の校門です。藩政時代はここに御仮屋が設けられていました。出水は肥後と国境を接する要地であるため、島津義久は自らここを隠居所と定め、わざわざ門を帖佐から移転しましたが、その後、都合により義久の移住は実現せず、この門だけは今もそのまま残されています。
私の母校です。
懐かしいな。
2011年01月11日
昨日、1月10日は恵比寿祭り。市内15ヶ所で恵比寿祭りが執り行われたようです。私は阿久根市倉津地区の恵比寿祭りに呼んで頂きました。倉津地区は港町なので、海の神様でもある恵比寿様を先祖代々ことのほか大切にされています。お正月はもちろんですが、この地区の方々は「恵比寿様、今年も1年よろしくお願いします。」と御祀りして初めて新しい年を御迎えしているのではと感じました。

阿久根市といえば何かと政治のことが話題となりますが、粛々と伝統を守り続けている市民の姿も是非知って頂きたいと思います。
2011年01月10日
昨日、市街地から外れた田んぼで鶴を見かけました。
4羽でしたので1家族だろうと思います。

出水の鶴といえば、鶴展望所のある荒崎地区が有名ですが、何気なく田んぼにいる鶴も風情があり、なかなか良いものです。鶴は家族愛が強く、単独では行動しないそうです。出水の地で怪我をして飛べずに北紀行できなくなった鶴に最後まで離れず、翌年1番に飛来した鶴の話など、鶴にまつわるいろいろな話があります。

現在、小康状態である鳥インフルエンザが1日も早く終息し、のどかな出水の姿を取り戻してほしいと切に願います。
2011年01月05日
年末の雪も解けて
街はいつもの日常に戻った気がします。

ショップ新屋も、2日から始めました。
今年は、これまで以上にひとつひとつを大切にしていきたいと
思います。

今日という日があることに感謝。

2010年12月31日
2011年がスタートしました。
こんなに雪が降り積もった元日なんて、初めてのような気がします。

とてもきれいですが、何だか厳しい年のような。

体に気をつけて、今年1年頑張っていきたいです。
皆様にとりましても素晴らしい1年でありますように。
2010年12月31日
早いもので2010年も今日で終わりです。1年があっという間に過ぎていく気がします。
日本全国、大雪や風に見舞われてお天気は、荒れ模様。来年は荒れるのでしょうか。

今日は大晦日。「晦日」とは毎月の末日のことで、「つごもり」とは「月隠」が訛ったもので、どちらも毎月の末日を指します。そして1年の最後の特別な末日を表すため、「大」を付けて
「大晦日」「大晦」と言います。
言葉の響きとしては「大晦」の方が好きです。

ちなみに1日を「ついたち」というのは、月立が変化したものでまた新しい月が始まりますが、「月」ひとつをとっても日本語は数多く、日本語の美しさ、深さをしみじみ感じますが、なかなか自分は正しい日本語を使えていないと反省することしきりです。
2010年12月29日
早いもので、今年も残るところあと3日となりました。

11月から始めた「ショップ新屋」もアクセス数が1000を超え、本当にありがたく思います。

さて、私は焼酎の現場からは遠ざかっておりますが、当時の父の姿や大石酒造さんの仕込みの在り様をみて思うところが多々あります。
よく「何年経てばおいしい焼酎を造れるようになりますか」と聞かれます。たぶんないというのが答えだと思います。

製造期間中は夜も眠れないが本音ではないでしょうか。
2010年12月26日
昨日からとても寒くなりました。
炬燵でみかんを食べる。冬になるとどこの家でも見かける光景です。

さて出水市。みかんの産地なのです。ちなみに今は「しらぬい」と呼ばれるデコポンが主役です。「不知火」とは有明海の別名で、漁火が蜃気楼現象で実物のないところに見えることが原因のようですが、昔は知らぬ火ということで付いた名前のようです。

何であれ、おいしいおみかんを頂けることは有難いことです。
2010年12月24日
クリスマスといえばケーキ。

学生の頃アルバイトをしていたケーキ屋さんで初めて見たクリスマスケーキが、切株を模ったブッシュドノエルというものでした。30年前で5000円でしたので、かなり高価なものだったと思います。クリスマスに1度は食べようと思いつつ実現に至っておりません。

今日はお友達からおいしいチーズケーキとコーヒーを頂き、とても幸福な気分です。
2010年12月24日
今日はクリスマス・イブですね。
小さい頃は誰でもそうであるように私も、サンタクロースがいると信じていました。
出来るだけ大きい靴下を準備しないとプレゼントが入らないと真剣に考え父の靴下の中でも大きなものを借りて枕元に置いていました。
それでも欲張りな私は、靴下を頭に被って幅を広げる努力をしていました。
きっと父は、クリスマスの度に靴下が駄目になっていたことでしょう。

クリスマスが楽しかったのは自分が子供の頃と我が子が小さかった時。
次は孫がいる頃かもしれませんね。
2010年12月22日
冬至には、冬至かぼちゃといってかぼちゃを食べる風習があります。
野菜の乏しい冬の時季の祭りの供え物の意味や運盛りといって「ん」がつく言葉が良いというところから「南瓜」といえば「ん」が2つつくので重宝されたとか。

ちなみに「柚子湯」は柚子が香りが強く、強い香りのもとには邪気がおこらないという考えから冬至を境に再び太陽の力が強まるその時に合わせて身を清めることから用いられたそうです。

いずれにせよ、昔の人は自然に対し畏敬の念がいかに深かったかよくわかります。
2010年12月17日
この度発売致しました焼酎「出水兵児」は、新屋酒造にて昭和40年代から35度の芋焼酎として造られていたものです。
当時は、出水のお土産用として使われていたようです。
ラベルデザインも当時のまま復元いたしました。
2010年12月10日
名地頭と呼ばれた第三代地頭「山田昌巌」は若くして一手の将となり、朝鮮役、関ヶ原の戦いなどに出陣した人です。いろいろな苦しみを体験し武功をたて、勇ましい武将として広くその名を知られていましたが決して武功を誇るようなことはせず、ふだんは、軽輩、百姓にいたるまで慈父の情けをもってあたりました。
まさにまことの武人であり、まことの政治をした人といえます。
翁が育てた武士は「出水兵児」とよばれ、のちに作られた「出水兵児修養の掟」は翁の節義を重んずる精神にのっとったものといわれ今も大切に語り継がれています。
2010年12月02日
今年の流行語大賞の特別賞に早大の斎藤祐樹投手の「何かを持っている。・・・・・・仲間です。」という言葉が選ばれたとか。

仲間、友達。簡単に使われますが、なかなか重みのあるものだと思います。
私も焼酎「出水兵児」を造り出すまでには、多くの皆様の支えがあってこそ。皆の手、想いがいっぱい込められています。

お金で買えないものとは、そういうものかもしれません。
2010年12月01日
今日から師走。
12枚あった暦が残りあと1枚になりました。
1年って本当に、あっという間です。

クリスマスやお正月が楽しいと思っていたのは、小さい頃で、大人になると本当に忙しいですね。

体に気をつけて、今月、無事に終わりたいです。
2010年11月28日
おはようございます。
今日は、とてものどかな日です。
例年ならストーブを使用していますが、今のところ炬燵で十分。
冬になると炬燵に入って「みかん」を食べるのが何より楽しみでした。
食べ過ぎると「手が黄色になるよ」と、よく母に怒られたものです。

出水は、みかんどころでもあるのですよ。
次回、紹介したいと思います。
2010年11月24日
本日、「ショップ新屋」開店いたしました。
多くの皆様に支えられ、今日を迎えることができました。
感謝の思いでいっぱいです。

本物の発酵・醸造文化の復活に取り組んでおられる皆様の商品を取り揃えてみました。鹿児島県特産の芋焼酎は、阿久根市波留の大石酒造さんの製品です。
なかでも本格焼酎「出水兵児」は昭和40年代より新屋酒造にて造られていたものを大石酒造さんにて復刻したものです。
是非1度、お試し下さいませ。


どうぞ「ショップ新屋」をよろしくお願いいたします。
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